上野川修一先生が2004年に創設された日本食品免疫学会(JAFI)も16年目を迎えます。ちょうど15周年を迎えたのを機に会長を勇退された上野川先生を引き継いで、昨年11月より私がJAFI会長を務めることになりました。
私はJAFIの前身である食品免疫学研究会が作られた時からその活動に参加し、JAFI設立後は学術委員長として、毎年開催される学術大会の実施に関わってきました。第1回の大会を昭和女子大で開催した時には、予想もしていなかった大勢の参加者に受付が間に合わなかったことを思い出します。ぎっしりと立ち見の聴衆もいる中で行われた2つの基調講演「食品の免疫機能研究の展望」(上野川会長)、「Intestinal microbiota and functional foods: Impact on immunity」(Prof. Salminen, Finland)、特別講演「粘膜免疫:免疫学と食品科学融合の接点」(清野 宏教授)、3つのシンポジウム「プロバイオティクスによる免疫制御」、「免疫機能食品の開発」、「免疫疾患モデルマウス-様々なin vivo評価系—」での会場の熱気も忘れることが出来ません。
この時の講演タイトルに登場する「食品」、「腸内細菌」、「プロバイオティクス」、「粘膜免疫」、「免疫機能食品」、「免疫評価」というキーワードは、その後のJAFIの活動の基盤となったわけで、この学会が極めて明確な理念と方向性を持ってスタートしたこと、そしてそれが一貫して継続されてきたことがわかります。世界で初めて「Food immunology」という学問体系を構築しようとした上野川会長ほか会員の方々のこれまでの努力には頭が下がります。
一方、ここ15年間で、科学も社会も大きく変化してきました。会員企業が大きな期待を寄せた「免疫調節トクホ」のような機能性食品は、薬事法の壁に阻止されて実現しませんでしたが、5年前には国の規制緩和方針のもと、「機能性表示食品」のような新しい機能性食品の枠組みができ、その中には(表示はできませんが)食品免疫学を基盤とする製品も登場するようになりました。粘膜免疫研究の急速な進展により腸管免疫系の理解も進みました。腸内細菌叢のメタゲノム解析技術の普及によって、食による腸内細菌を介した免疫系調節の可能性も見えてきました。一方で、免疫研究には必須と考えられてきた動物実験の縮小・禁止にむけた流れが近年国際的に加速し、研究者たちを圧迫しています。この問題は特に企業での研究規模縮小に拍車をかけており、それはJAFI活動への企業の参加にも影響を及ぼすことが懸念されます。
さて、今回この挨拶を書くに当たり、5年前に上野川会長が書かれた「挨拶」を読み返しました。そこには以下のような記述がありました。「免疫とは病原微生物やがんなどの脅威から身を守る働きであり、その働きが、たとえば食のバランスの破綻、老化、ストレスの増加といった要因により低下すると、感染症、がん、さまざまな生活習慣病などを発症するリスクが増加するといわれております。 これに対し、食品にはさまざまな作用が認められ、その適正な摂取により免疫系の働きを正常に維持することが可能になると考えられます・・・・」。
今、世界は新型コロナウイルスの感染の脅威にさらされています。現状では確立した治療法がなく、このウイルスによる肺炎の悪化を抑えられるかどうかは各人の免疫系にかかっていると言われています。「26℃くらいのお湯?を飲むとウイルス感染を抑えられる」というような、とんでもないデマ情報が拡散したというニュースもありましたが、世の中ではこのようなウイルス感染症の抑止に役立つ食生活に関する情報が期待されているのでしょう。「食と感染防御」に関する正しい情報を提供するための研究や調査を行い、発信するのもJAFIに期待される役割かもしれません。食と免疫系の関係は単純ではありませんが、基礎~応用研究を介して広く社会貢献できるような学会を目指し、JAFIの知名度をさらに高めていくことも必要ではないかと思ったりする毎日です。
いろいろと大変な時代ですが、食と免疫に関する学問の深化と、関連する諸問題の解決を目指して、一人でも多くの方が本学会の活動にご参加くださいますよう、心からお願い申し上げます。
令和2年3月12日
日本食品免疫学会会長 清水 誠