20世紀の生命科学は、メンデル遺伝法則の再発見から始まり、DNA二重ラセンとセントラルドクマを経て、遺伝子決定論が支配的になった。しかし、21世紀初頭のヒトゲノム解読で、遺伝子(タンパク質コード因子)はゲノムの約1.5%で2万個程であり、ヒトゲノムの半分がトランスポゾン由来の繰り返し配列であり、遺伝子以外のゲノムの80%程度の領域が、非コードRNAのlncRNAや各種短鎖RNA等として転写される事が明らかとなった。又、ゲノムワイド関連解析GWASが疾患遺伝子を見出せず、他方、ゲノム上書き現象(エピゲネティクス)が、生命の制御装置として、環境対応や疾患原因に関与し、更に、日進月歩のシークエンス技術が、共生細菌叢やミトコンドリアによる健康や疾患への関与を示し、多種生物のゲノム解析や古生物学が、進化生物学や進化医学として全く新しい洞察を提出している。今、私達は、環境と遺伝との鬩ぎ合いとして生命現象を捉える、ポストゲノム(ヒトゲノム解読後)の大転換の最中にいる。
2015年、千人ゲノムプロジェクトが、26民族2504人のゲノムを比較して、最も多いゲノムの違いは、ゲノムブロックの欠失や重複などのコピー数変化(copy number variation: CNV)であることを示した(Nature 526:68,75, 2015)。CNVは、加齢で増え、ストレスなどの外的要因でも起こる。生きている間、ゲノムは、体中あちこちで変動し、隣接細胞で違う場合もある。他方、胎生期から乳幼児期にいたる栄養環境が,成人期や老年期の疾患発症リスクに影響するとするDOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)が注目されている(Barker仮説 Lancet 1(8489):1077,1986)。更に、獲得免疫系細胞は、外的挑戦に抗応して積極的にゲノムを再構成するが、免疫系と精神神経系が、環境とゲノムの鬩ぎ合いに介在する可能性も指摘され始めている。今、食と免疫とを、ポストゲノムの新しい視点から見直す時期にある。
JAFI2017大会長 高垣 洋太郎(日本薬科大学)