抗アレルギー食品成分の標的としての脂質ラフト
立花 宏文
九州大学大学院農学研究院生物機能科学部門
九州大学バイオアーキテクチャーセンター
九州大学先端融合医療レドックスナビ研究拠点
我々は緑茶の健康増進作用を担う茶葉成分の一種であり、多彩な生理作用で知られるエピガロカテキンガレート(EGCG)およびそのメチル化体に抗アレルギー作用を見出すとともに、これらカテキンの抗アレルギー作用に細胞膜マイクロドメイン脂質ラフト(以下、脂質ラフト)が関与することを明らかにした。本セミナーでは、EGCGの抗アレルギー作用の分子機構を通して、抗アレルギー食品成分の標的としての脂質ラフトの可能性について述べたい。
花粉症などの即時型アレルギー反応では、好塩基球やマスト細胞表面上に存在する高親和性IgE受容体Fc?RIのアレルゲン-IgEによる架橋が、ヒスタミンなどの炎症を惹起するケミカルメディエーターの放出(脱顆粒)を誘導し、一連の炎症反応が引き起こされる。Fc?RIを介した脱顆粒誘導刺激は、様々なシグナル伝達分子の機能発現の場として知られている脂質ラフトにおいて開始され、その破壊は脱顆粒を阻害する1)。これに対し、我々はEGCGの抗アレルギー作用の分子機構の検討から、EGCGは脂質ラフトに局在して脱顆粒およびFc?RIの発現を抑制すること2)、顆粒球の細胞外放出に必要な間隙形成に関わるとされている細胞膜ラッフリングを阻害することを見出した3)。また、こうした作用に分泌顆粒の細胞膜への融合やストレスファイバーの形成を制御するミオシン軽鎖の活性化に対する阻害作用(脱リン酸化)が関与していることを明らかにした3)。さらに、EGCGやメチル化カテキンによるこれら一連の作用は、我々がEGCGの細胞増殖抑制作用を仲介する緑茶カテキン受容体として発見4)した67kDaラミニンレセプター(67LR)への結合を介した作用であること3),5)、67LRは脂質ラフトに局在しており、M?CDによる脂質ラフト破壊は67LRの細胞表面発現を減少させるとともに、EGCGの抗アレルギー作用を低下させることを明らかにした3)。最近、EGCGのがん細胞増殖抑制作用に脂質ラフトの撹乱作用が関与することが報告されるとともに6)、我々は、EGCGが67LRを介してミオシン軽鎖の脱リン酸化を誘導するに至る細胞内シグナル伝達経路を明らかにした7,8)。67LRは病原性プリオンや種々のウイルス受容体としても機能することが知られており、今後、67LRから脂質ラフト撹乱に至る分子機構の研究を、脂質ラフトの関与する疾病に対する予防・改善因子のメカニズムの理解につなげたい。
1) Biochemistry, 42, 11808 (2003)
2) FEBS Lett., 556, 204 (2004)
3) Biochem. Biophys. Res. Commun., 348, 524 (2006)
4) Nat. Struc. Mol. Biol., 11, 380 (2004)
5) Biochem. Biophys. Res. Commun., 364, 79 (2007)
6) Cancer Res., 67, 6493 (2007)
7) Biochem. Biophys. Res. Commun., 371, 172 (2008)
8) J. Biol. Chem., 283, 3050-3058 (2008)
ラフィノースの抗アレルギー免疫調節作用
名倉 泰三
日本甜菜製糖株式会社
近年、先進国においてアトピー性皮膚炎や気管支喘息などのアレルギー疾患が増加している。腸内フローラは免疫系の構築に重要であり、アレルギー発症との因果関係について研究者の関心が集まっている。腸内フローラの細菌構成は、食事成分の影響を受けるが、中でも難消化性オリゴ糖の摂取は、ヒト腸内のビフィズス菌の増殖に有効であることが、広く認知されている。我々は、ラフィノースの投与により、アトピー性皮膚炎(AD)が改善する症例を認めている。本疾患は、食品抗原やダニなどの環境抗原に対するTh2応答の亢進が端緒となっている。本発表では、東京大学食品生化学研究室との共同研究としてTh1/Th2免疫応答を中心にラフィノースの作用を紹介したい。
食品アレルギーモデルとして好適なオボアルブミン(OVA)特異的T細胞レセプタートランスジェニックマウス(OVA23-3マウス)に、OVAとともにラフィノースを添加した飼料を与えると、OVAを与えた時に観察される強いTh2(IL-4産生)応答が、腸間膜リンパ節において有意に低下した。また、このマウスの特徴として、Th2応答の後に、血中IgE濃度の上昇も誘導されるが、ラフィノースを与えたマウスでIgE値の上昇は低く抑えられた。また、腸管免疫系の抗原提示細胞の変化にも注目し、ラフィノースを与えたBALB/cマウスのパイエル板細胞では、IL-12産生が有意に増加することを認めた。
また経口免疫寛容の誘導にも作用することが分かってきた。抗原の経口投与とアジュバント免疫を組み合わせた経口免疫寛容のモデル実験において、難消化性メリビオース(ラフィノースの部分分解2糖類)を与えたマウスの鼠蹊部リンパ節細胞は、経口抗原に対する増殖応答性やIL-2産生応答が有意に低下し、寛容誘導の促進が示唆された。
ADに関しては、難治性で患者背景も様々であることに留意し、この分野では主に専門開業医にラフィノースを紹介し、役立てて頂いている。
オリゴ糖素材を用いた免疫調節食品の開発
越阪部奈緒美
芝浦工業大学 システム工学部
オリゴ糖は広く植物性食品に含まれ、穏やかな甘味を有し、様々な生理作用を有する糖質として知られている。その一つであるフラクトオリゴ糖はショ糖を原料としてβ-Fructofuranosidaseを用い合成された第一号のオリゴ糖素材として、1983年に明治製菓⑭から上市された。この物質群は玉ねぎ・トマト・バナナなどに含まれ長い食経験すなわち高い安全性があり、一方、整腸作用・ミネラル吸収作用を併せ持つ機能性素材として、特定保健用食品に認可されている。
近年、フラクトオリゴ糖を始めとするオリゴ糖は、腸管でビフィズス菌に資化されることを通じて免疫機能に影響を及ぼすことが明らかとなってきた。オリゴ糖摂取により実験動物およびヒトにおいて、糞便中のIgA 濃度が上昇することは、内外の研究者によって報告されている。また、基礎的にはオリゴ糖によって増殖した腸内細菌がTh1/Th2バランスを修飾し、Th1優位にシフトさせることがわかってきた。これらのことから、動物モデル実験や臨床介入試験において、食物アレルギー・アトピー性皮膚炎・喘息・クローン病・リウマチ・花粉症などのアレルギー性または自己免疫疾患に対する作用が検討され、有用な効果が示されている。
しかしながら、これらの用途に適した商品の開発には、いくつもの課題が山積している。具体的には、アトピーのようなアレルギー性疾患の多くは増悪期と寛解期が存在することから、判定が難しくまた長期の摂取・観察期間が必要となること、また重症患者においては薬物治療との併用が想定されるが、その場合における評価法が確立されていないことなどが有効性評価における課題であり、また倫理的には幼児や重症患者を対象とする食品の臨床介入試験の是非、それらパネルにおける有害事象または副作用発生時における対処法の基準化などであり、また商品開発上としては、薬品の承認申請に類するデータをもってしても、種々の法規制によって効果・効能の表示ができないことなどである。今回のセミナーでは、これらの課題に対して、学会・業界としてのどのように取り組んでいけばよいかを考える機会に出来ればと思う。
腸管免疫の最近の話題:IgA抗体産生と経口免疫寛容と樹状細胞と制御性T細胞
八村敏志
東京大学大学院農学生命科学研究科 食の安全研究センター
食品成分の免疫系に対する様々な作用が明らかとなっているが、これら食品成分が実際に接するのは腸管免疫系である。本セミナーでは、食品成分の免疫調節作用に関連した腸管免疫の最近の話題について紹介したい。
腸管におけるIgA抗体産生
免疫系の本来の機能が感染防御であり、食品による感染防御能の増強が期待される。腸管粘膜における主要な感染防御機構の一つがIgA抗体分泌である。最近、IgA産生細胞の誘導にはT・B細胞以外の種々の腸管特有の細胞が関わることが明らかになってきた。IgA産生にはTGF-β、IL-5、IL-6、BAFF、APRIL等の因子が重要であることが知られる。我々は、パイエル板樹状細胞のIL-6分泌能が高いこと、また、パイエル板細胞中に、IL-5分泌能が高くIL-2受容体を発現している独特の非T非B細胞群が存在することを見出している。これらの細胞はいずれもB細胞のIgA産生を増強する機能を有していた。さらに最近腸管樹状細胞がレチノイン酸やiNOS等を介して、また腸管上皮細胞がAPRIL等を介してIgA産生を誘導することが報告されている。
食品タンパク質に対する免疫寛容誘導(経口免疫寛容)
一方、食品タンパク質は、抗原として、T細胞、B細胞の抗原レセプターにより認識される。この際、腸管免疫系の一つの大きな特徴は、抗原特異的免疫抑制機構がはたらくことである。この現象は経口免疫寛容とよばれ、食物アレルギーの抑制機構の一つと考えられている。経口免疫寛容における応答低下はT細胞依存性であることが知られており、その機構として、抗原特異的T細胞のアポトーシス誘導、低応答化および制御性T細胞が知られている。我々はこれまで経口免疫寛容状態のT細胞の性質を詳細に解析してきた。また最近腸管由来樹状細胞の制御性T細胞誘導能が高いことが報告されており、経口免疫寛容誘導との関連が注目される。我々も経口免疫寛容誘導マウスの樹状細胞がIL-10を高産生することを最近見出した。
これらIgA産生応答、経口免疫寛容、樹状細胞、制御性T細胞を標的とした食品による免疫調節が期待される。
プロバイオティクスの抗アレルギー作用
岩淵紀介
森永乳業株式会社 食品基盤研究所
スギ花粉症は、日本人の約20%が罹患している深刻な社会問題である。私たちはヒトの腸内常在菌種で、多くの生理調節機能が研究されているビフィズス菌Bifidobacterium longum BB536株の抗アレルギー作用を検証するため、スギ花粉症ボランティア試験を数年に渡り実施してきた。スギ花粉の飛散量が多かった2005年春には、花粉症患者を対象にBB536含有粉末またはプラセボ粉末を摂取する二重盲検並行2群比較試験を実施した。
BB536摂取により花粉症症状悪化による参加脱落者が有意に減少し、鼻の症状を中心に自覚症状が顕著に改善された。血中マーカーでは、花粉飛散に伴うスギ花粉特異的IgEの上昇と好酸球比の上昇、IFN-γの減少、TARC(Thymus and activation-regulated chemokines)の上昇が抑制された。これらの結果から、BB536は花粉飛散に伴って生じる体内免疫バランスの歪みを抑制することで、花粉症の自覚症状が改善されることが示唆された。
BB536の抗アレルギー作用をOVA感作マウスで検証したところ、BB536はTh1反応を強く誘導することなく、抗原提示細胞を介してIgE産生やTh2反応を抑制することが示唆された。
さらに花粉飛散シーズンにおける被験者の腸内細菌叢を解析したところ、花粉症患者でのみBacteroides fragilis groupに大きな変動が認められた。この菌の占有率と自覚症状及び血中のスギ花粉特異的IgEとの間に正の相関が認められたこと、BB536の摂取によりBacteroides fragilis group占有率の上昇が抑制されたことなどから、花粉症の発症と腸内細菌叢の変動との関連及びBB536の整腸作用を介した免疫調節機序が示唆された。
BB536による花粉症改善作用は「菌体成分による直接的な刺激」と「整腸作用を介した間接的な効果」の2つの作用によるものと推測される。
食品による免疫系制御機能解明とその利用技術開発への期待
津志田藤二郎
(独)農研機構食総研
食品の生体調節機能に関する研究の進展に伴い、食品や食品成分が生体の免疫系に与える影響とその仕組みの解明に関する研究が活発に行われるようになり、その研究成果が、アレルギーやがん、循環器系疾患など多くの生活習慣病の発症リスク低減に貢献するものとして大きな期待が寄せられている。
免疫系は、生存環境から生体を守る仕組みであり、その破綻は即生命の危機につながる。その意味で、長寿者は遺伝的に優秀な免疫系を持っている可能性があり、また彼らの食生活に免疫系を高度に維持する秘密が隠されているかも知れないと考えることができる。そこで、本講演では最初に百寿者研究について少し紹介する。百寿者研究のターゲットの一つは、human longevity genesの発見にあるが、その発見のための研究手法は様々であり、その過程で、例えば子供が生まれた時の父親の年齢と子供の寿命との関係なども報告(Mutation Research, 377, 62 (1997))されている。また、これらの研究で発見された長寿遺伝子で、炎症にも関与するHLA-DR7は、女性においてのみ長寿に関連するSnipsが見いだされるなど、性差の問題もクローズアップされている。一方、長寿者が常食としていた食品については、ケフィアヨーグルトのように有名になったものもある。ヨーグルトは免疫系制御に関わる食品として本会でもクローズアップされているが、ここでは、これまでの研究成果の中から、主に免疫系に影響を与える食品や食品成分について調査・整理してその概要を報告する。
免疫系の老化は、20才台から始まると言われている。食品免疫に関与する研究者の夢は、食によってこれを制御する技術を生み出すことにあるが、これに対し内外から大きな期待が寄せられている。