プロバイオティクスと健康
南野 昌信
ヤクルト本社中央研究所 基礎研究一部
ヒトの腸には500種を超える菌種、総数で100兆個の細菌が存在して腸内フローラを形成している。腸内細菌の中には、宿主に必要な栄養素の産生、病原菌の定着阻害、腸管上皮細胞のバリアー機能の強化、腸管の免疫防御機能の亢進といった、宿主に有益な作用を示す細菌が存在する。一方、毒素などの有害物質を産生する細菌、腸管粘膜に侵入して感染を起こす細菌も存在する。すなわち、腸内フローラは有益な性質をもつ細菌や有害な性質をもつ細菌などの多様な微生物から成る複雑な生態系であり、腸内フローラの変動が、感染、アレルギー、過敏性腸症候群、炎症性腸疾患、癌などのさまざまな疾患の原因になることが提示されている。したがって、腸内フローラの良好なバランスを維持することが疾患の予防や回復に重要な役割を担うと言っても過言ではない。
腸内フローラを安定化してさまざまな疾患を予防する手段の一つとして、食事が重要であることは一般に認められている。どのような食生活を送ることが健康に有益であるかを、科学的根拠に基づいて提言していくことが日本食品免疫学会の使命である。私どもの研究所では内外の研究機関のご協力を得て、プロバイオティクスの整腸効果と保健効果に関する研究を行ってきた。Lactobacillus caseiシロタ株は、生きて腸に到達し、宿主に有益な効果を示すプロバイオティクスである。これまでに、臨床試験で、L. caseiシロタ株の摂取は表在性膀胱癌や大腸ポリープの再発を抑制することが確かめられている。また、動物試験で、化学発癌剤で誘導した癌や慢性炎症から派生する癌の発症を抑えること、インフルエンザウイルス感染を抑えることが示されている。
癌やウイルス感染に対する防御に重要な役割を担うのは、宿主の免疫機構である。自然免疫では食細胞(マクロファージや好中球)やナチュラルキラー(NK)細胞が働き、獲得免疫ではリンパ球が主役を演ずる。NK細胞に及ぼすL. caseiシロタ株の効果を調べたところ、健常者やHAM(HTLV-I関連脊髄症)患者のNK活性を回復させることが認められた。また、健常人の末梢血単核細胞にL. caseiシロタ株を添加して培養したところ、IL-12産生を誘導しNK活性を増強することが確かめられた。
プロバイオティクスの語源は“for life”であり、プロバイオティクスは、適当な量を摂取することにより宿主の健康に有益な働きをする生きた微生物、と定義されている。プロバイオティクスとして認められるためには、動物試験や臨床試験で有効性が検証されていなければならない。また、プロバイオティクスは経口的に摂取するものであり、安全性の保証も重要である。
本セミナーでは、プロバイオティクスの現状と将来性について、私どものプロバイオティクス研究の成果を織り交ぜながらお話をしたい。
メカブフコイダンの免疫賦活作用
吉永 恵子
理研ビタミン株式会社 ヘルスケア部
フコイダンは海藻の中でもわかめや昆布など褐藻類に含まれる、フコースを主とした硫酸化多糖類の総称である。フコイダンは粘り成分の一種であり、主に免疫賦活作用を有する成分として知られている。フコイダンの構造は海藻ごとに異なり、それゆえ生体に与える生理機能や効果には違いがある。今回、フコイダンの中でも、わかめのメカブに含まれるメカブフコイダンについて今までに得られた知見を紹介する。メカブはわかめの胞子をつくる生殖器であり、乾物あたり約10%程度のフコイダンを含む。
これまでの研究からメカブフコイダンには抗腫瘍作用(1)、抗アレルギー作用(2)、抗ウイルス作用など、様々な免疫賦活作用を有することが明らかとなっている。これらの作用はNK細胞の活性化やマクロファージの貪食能の増強、IFN-γやIL-12の産生上昇、抗体産生の増強など、自然免疫から獲得免疫にいたる免疫機能の調整により誘導されていると考えられる。
免疫賦活作用の中でもインフルエンザやヘルペスなど、ウイルスの感染予防効果に関する知見がメカブフコイダンでは多く得られている(3-4)。ウイルス感染モデルマウスを用いた試験から、季節性、鳥、および新型インフルエンザに対する生体内でのウイルス増殖抑制作用や抗体産生増強作用が認められている。また、特別養護老人ホームにおいて実施したヒト臨床試験では、メカブフコイダンの摂食によりインフルエンザワクチン接種後の抗体産生量がプラセボ群と比較して増加し、摂食前後でNK細胞活性の有意な上昇が認められた。これらの試験結果より、食品素材による感染症予防の可能性が示唆されたと考えられる。
1) H. Maruyama et al., Planta Med., 72, 1415 (2006)
2) H. Maruyama et al., Int. Arch. Allergy Immunol.,137,289 (2005)
3) K. Hayashi et al., Int. Immunopharmacol., 8, 109 (2008)
4) T. Hayashi et al., “Combating the Threat of Pandemic Influenza: Drug Discovery Approaches”, p.166, John Wiley & Sons (2007)
特定保健用食品の有効性及び安全性評価について
石見佳子
(独)国立健康・栄養研究所 食品保健機能プログラム
近年、人々の健康に対する関心の高まりと食品機能研究の発展により、食品の三次機能、すなわち「体調調節作用」が注目されるようになった。特定保健用食品は、食品の三次機能に着目した食品であり、特別用途食品のうち、「特定の保健の目的が期待できる旨の表示をする食品」と定義されている。
特定保健用食品制度は、1991年より開始され、その許可に関する事務手続き及び有効性と安全性の評価は厚生労働省の管轄で実施されてきたが、2003年の食品安全基本法の制定により、安全性の評価は内閣府に設置された食品安全委員会(新開発食品専門調査会)に移管されることとなった。さらに、ここ数年の食品表示の偽装問題などから、消費者行政を一元的に推進するため消費者庁関連三法が制定され、食品衛生法、健康増進法、JAS法等のうち、食品表示に関する多くの法律が消費者庁に移管された。このような背景から、2009年9月より、特定保健用食品の許可に係る事務取扱は、消費者庁の食品表示課が担当することとされ、現在、特定保健用食品の効果の判定は、内閣府の消費者委員会に設置された新開発食品調査部会及び新開発食品評価調査会で行われている。消費者委員会は消費者庁とは別の独立した組織であり、この点が以前の厚生労働省による評価制度と異なる点である。有効性と安全性評価の後、厚生労働省において表示の確認、(独)国立健康・栄養研究所または登録試験機関における許可試験が行われ、最終的に特定保健用食品としての表示が許可される。本講演では、現在の特定保健用食品の審査制度及び食品安全委員会における安全性評価について紹介する。
腸内細菌叢のゲノム科学
服部正平
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 オーミクス情報センター
宿主ヒトの生理に対する腸内細菌の役割として、食事成分の代謝によるヒト細胞の栄養成分やエネルギー源の生産、免疫系の成熟化と恒常性維持、病原細菌に対する感染防御等の有益な機能が知られている。一方、クローン病・潰瘍性大腸炎等の炎症性腸疾患、大腸がん、肥満等の様々な疾病の有害要因でもある。しかしながら、腸内細菌叢の実体やそれが有する有益・有害機能に関わる分子種や分子機構のほとんどはわかっていない。また、有益性を示す様々なプロバイオティクスが開発されているが、それらの有効性に関わる分子機構も曖昧なままである。
このヒト腸内細菌叢の研究における困難さの理由として、腸内細菌叢が1000菌種以上からなるきわめて複雑な細菌叢であること、個人間での多様性が大きいこと、多くの菌種が難培養性であること等を挙げることができる。
この難攻不落の細菌叢の実体やその機能を解明することを目指したヒト常在菌叢メタゲノム計画(International Human Microbiome Project)が2008年より日米欧中等の国際協力で始動した。この計画では、メタゲノミクスに代表されるゲノム科学的手法を駆使して、数百名の健康及び病態患者の消化器系、鼻腔、口腔、皮膚、泌尿器系常在菌叢のメタゲノム解析(遺伝子情報の取得)、常在菌の個別ゲノム解析(個別機能情報とreference配列の取得)、16S解析(菌種情報の取得)を行う。さらに、被験者の様々なメタ情報も収集する。また、上記解析は超高速シークエンサーを用いて行い、より解析深度(網羅性)と定量性の高い情報の獲得を目指している。これらの膨大な情報リソースは、常在菌叢研究を著しく加速するとともに常在菌叢-宿主間相互作用を基盤とした新たな創薬戦略や疾病予防法の開発等にも展開すると期待される。 本セミナーでは、次世代シークエンサーを用いたヒト腸内細菌叢のゲノム研究の現状と将来展望について解説する。
アレルギーワクチン米の開発
高岩文
雄生物研・遺伝子組換え作物開発センター
花粉症をはじめとするアレルギー患者の増加が危惧されている。2008年の調査では、日本人の約35%が何らかのアレルギー疾患で苦しんでいる。こうしたアレルギー疾患に対して、唯一の根治的治療法は減感作療法であるが、治療に要する期間(3~5年)、通院の煩わし、注射による痛み、アナフィライシーショックの可能性から、この治療法はあまり用いられず、抗アレルギー剤やステロイド剤などを用いる対処療法が一般的治療法となっている。
そこで我々は、従来の減感作療法で問題となっている上記の課題を克服する方法として、アナフィラキシーショックの起きない安全な抗原を日本人が主食としているコメに蓄積させ、腸管の粘膜免疫組織が示すコメタンパク質に対する免疫寛容誘導の原理を利用すれば、コメに蓄積させたアレルギー抗原に対してもコメをたべることで粘膜免疫寛容を誘導でき、注射による苦痛や通院の煩わしさから解放された画期的治療法となるのではないかと考えた。しかし、一般にワクチンタンパク質を口から投与する場合、免疫担当細胞が集積している腸管関連リンパ組織(GALT)に到達する前に、胃内における強酸下の環境やペプシン等の消化酵素により分解を受けて、抗原特異的免疫反応を的確且つ有効に誘導することはできない。この問題の克服には、投与する抗原量を高める発現手法や腸管粘膜免疫組織への効率的なデリバリーの開発が不可欠となる。
そこでこうした問題に対応できる実用的な経口型のアレルギーワクチン米を開発するため、まずイネ種子胚乳で高度に発現している遺伝子のプロモーターを単離して、ワクチン遺伝子をイネの種子に特異的に発現させる系を開発した。さらに、発現させた目的遺伝子産物を高度かつ安定的に蓄積させるために、種子に特異的に存在するタンパク質顆粒への輸送集積や、種子発現に適して導入遺伝子のコドンの最適化を進めた。このようにして作出した組換え種子に蓄積させたワクチン抗原は、室温下での長期保存性が他の植物組織より優れている。特に、コールドチェイン(冷蔵保存)や注射器フリーのワクチンとしてその利点は大きい。また、他の植物組織に存在しない貯蔵タンパク質の蓄積されているタンパク質顆粒を利用することで、より安定的かつ高度に蓄積が可能になり、また消化酵素に対する耐性も付与されている。特にイネ種子に見られる小胞体由来のタンパク質顆粒に蓄積させた場合、また消化酵素に耐性に優れており、ワクチンを蓄積・搬送する自然の経口デリバリーとして優れている。実際、ワクチンを含む小胞体由来のタンパク質顆粒が腸管関連リンパ組織の抗原の取り込み細胞であるM細胞からとりこまれていることが観察されている。また抗原タンパク質そのものより、小胞体由来のタンパク質顆粒に蓄積させることで極めて低濃度で免疫反応を誘導できることが示された。
一方、アレルギーの原因となる抗原を安全にする方法として、T細胞エピトープや立体構造が改変する方法がある。我々はスギ花粉抗原から由来する10~20アミノ酸からなるT細胞エピトープやダニ抗原から由来するIgEとの結合性を低下させた立体構造改変型抗原や部分抗原などを上記手法で高度に蓄積させた組換え米を開発してきた。これらの米をモデルマウスに経口投与しておくと、普通の米を食べさせたマウスに比べ、特異的抗原に対して免疫寛容が誘導されており、特異的IgEやヒスタミンや炎症などが緩和させることが示されてきた。これらの知見より、コメを利用したアレルギーの予防や治療の可能性が高く、新規のアレルギー治療戦略として有効ではないか考え実用化を進めている。